こんにちは!
榎本澄雄です。
10月13日、日曜日。
10月15日は十三夜です。
不定期で全9話アップします。
どうぞお楽しみにお待ちください。
あらすじはこちらをご覧ください。
👇
第1話「警察庁が内務省となって、三年が経った」
『刑事とミツバチ』2019年小説推理新人賞応募作品
1
警察庁が内務省となって、三年が経った。
警視庁蔵網警察署刑事課。
首都高から車のクラクションが聞こえる。
刑事課では朝会が開かれていた。ひな壇の刑事課長が立ち上がった。
「八坂十百華副主査。情報官だ」
「本日からこちらでお世話になります。やさかともか、です。わからないことだらけですが、一生懸命がんばります。どうぞよろしくお願いいたします」
十百華は課長席の前で立ったまま、深々とお辞儀した。
大部屋にまばらな拍手が響いた。パソコン越しにこちらを見る者。電話を片手に視線だけもの珍しそうに見る者。値踏みするような視線だった。
午前9時半。宿直明けの捜査員たちは赤い眼をして、事件処理に追われていた。だから無理もないことだ。と、そう思うことにした。
十百華は隣の課長代理に挨拶をした。まだ若い警部だ。警視庁本部から昇任して来たらしい。髪を七三に分けて、眼鏡を掛けている。細面の男だった。
「知能犯、ですか」
十百華は拍子抜けした。
「署長命で、八坂係長にはしばらく別室の知能犯にいてもらいます」
てっきり、テレビでニュースに出るような強行犯や外国人犯罪の部署かと思っていた。
「知能犯って何をするんですか?」
「詐欺とか横領。選挙違反とか贈収賄も知能犯です」
「あの振り込め詐欺とかもですか?」
若い代理が頷いた。
「この辺は大企業が多いから告訴相談も多いです」
十百華は情報官として、特ダネにありつけそうな気がした。思わずメモ帳を取り出し、ペンを走らせる。
「ところで、留置場って入ったことありますか?」
十百華は顔を振った。
「場所を見ておくといい。ご案内します」
大部屋の入り口を左に曲がると、隠し扉のようなドアがある。
代理がドアを開けると、薄暗い階段があった。ここから留置場へと繋がっているようだ。
十百華は代理の後に続いて階段を降りた。足音や話し声が洞窟のように響いている。
十百華は今日、この蔵網署刑事課に配属された。正式には、内務省特殊情報局から人事交流で出向となった。蔵網署は繁華街にあるとは言え、とても小さな署だった。
この庁舎ができたのは、はるか昭和の時代。一帯は政治家や官僚、財閥の住む高級住宅街だった。地名や坂の名前には、今も武家屋敷の名残がある。大使館も多く、昔は商店や飲食店、商業施設はまばらだった。平成に入り、バブルの頃を境に繁華街として発展した地域だ。
階段を降りると左手に事務室があった。
看守たちが忙しなく電話を取ったり、ホワイトボードを見ながら、青い紙にメモを書き込んでいた。
別の看守は、お薬手帳を見ながら、透明のビニール袋に入った錠剤やカプセルを数えていた。
ホワイトボードには二十人ほど留置人の名前がある。その下には国籍、身体特徴、罪名と担当調べ官などが書かれていた。
「そろそろ大交代です」
事務室の看守が代理に声を掛けた。右手には分厚い鉄扉がある。プラスチックの小さな窓が付いていた。
「お疲れさまです」
看守が小窓をコツコツと叩いた。場内から小窓が開くと、一瞬、むわっという臭いがした。中から留置人の体臭が漏れてくるのだ。十百華は思わず、顔を背けた。
「白石代理。人員が足りないので巡視がてら入ってもらえませんか?」
背後から恰幅のいい男性が声を掛けた。留置の係長だった。
「私は中に入るので、しばらく待っててもらえますか?裏に保護室があるから、良かったらそこでも見ててください」
白石代理は申し訳なさそうに言った。
十百華は留置場の入り口を抜けて裏手に回った。
透明なアクリル板で囲われた小部屋があった。
十百華には留置場と保護室の違いもよくわからない。留置場に入るのは逮捕された犯罪者で、保護室に入るのはそれ未満ということなのだろうか。
床にはウレタン素材の分厚いマットが敷かれている。緑色のマットは所々が剥がれて、中から黄色いスポンジが覗いていた。
分厚い錠前が掛けられ、格子戸の下の方に小さな差入口がある。
入り口付近には、へばりつくように薄茶色の毛布が転がっていた。誰かが毛布を被って寝ているようだ。
「保護室は留置じゃなくて、地域か生安の扱いだろ?」
「全く、情けねぇな。こんなのが警察官だなんて」
「〈元〉だろ」
「いや〈予備〉らしいぞ」
青い連行ロープや銀の手錠を手にした看守たちが足早に通り過ぎて行った。
「あれ、白石代理は?」
後ろを振り返ると刑事課長がいた。
「巡視で留置場に入られました」
課長はグレーのスーツを着ている。ズボンにはしっかりと折り目が付いていた。奥さんが毎日アイロンを掛けてくれているのだろう。金縁の眼鏡を掛けて、白髪混じりの髪をきっちり固めて後ろに流していた。
課長は保護室の前にしゃがむと差入口をコンコンと叩いた。
「おい椿、しっかりしろ」
「時間前に話しかけんじゃねぇ!」
椿と呼ばれた男がドスの利いた声で答えた。
毛布を剥いで、こちらを睨みつけている。泥酔しているのか、眼の焦点が合っていない。
長髪に白髪交じりのヒゲ。真っ黒な開襟シャツ。胸元からシルバーのネックレスが覗いていた。
平成末期に流行った〈ちょいワル〉って言うより、まんま〈ワル〉って感じだった。
「さっき〈知能〉に行ったら、ここにいるって伊東係長が言ってたぞ。昨日、どこで飲んでたんだ?」
「水」
男は片手で髪をかき分けながら答えた。
課長に目配せされて、十百華はコップと水を取りに行った。
恐る恐る、小さな窓から乳白色のプラスチックコップを差し入れる。動物園の檻に手を入れる気分だった。
「たく、何で道場じゃなくてこんなとこに寝てんだよ」
水を飲み干して男が言った。
コップには黒のマジックで〈留〉と書かれている。
「お前、知らないのか。赤坂で一般人に絡んで通報されたらしいじゃないか。めい規法でパクられなくて良かったな」
刑事課長はズボンのポケットに手を入れたまま答えた。めい規法とは、酩酊者を規制する法律の略称だ。
「八坂係長。こいつな、つばきみちさぶろう。機動隊の後輩なんだ」
「初めまして。八坂十百華と言います」
十百華は保護室の外から挨拶した。
「やさかともか?ふーん」
「あの、元警察官の方ですか?」
「いや。一回辞めて、出戻りだ」
課長が答えた。
「警察にもそんな制度があるんですね」
「1月の新聞、見なかった?新しくできた〈予備警察官制度〉」
「ああ、なるほど」
「でさ、こいつが八坂係長の相棒だ」
「へ?」
「椿三千三郎警部補だ。ま、よろしく頼むよ」
課長はそう言って十百華の背中をポンと押した。
不定期で全9話アップします。
どうぞお楽しみにお待ちください。
P.S.
明日
10月14日
大泉図書館の講演です。
10月27日
阿佐ヶ谷講演は
10月9日の時点で
43名お申し込みです。
定員は90名ですので、
お早めにお申し込みください。
元刑事が見た発達障害
~当事者と家族が巻き込まれる犯罪の手口と対策~
元刑事で、発達障害者についての知見と実践経験を持つ、榎本澄雄氏をお迎えして、詐欺、ハラスメントなどの侵害に関する知識や、被害にあった時の相談の仕方など具体的な対応方法、犯罪から身を守るために重要な信頼関係の構築についてお話いただきます。発達障害者が社会で安全に暮らすための知識と実践方法を、ぜひご家族全員で学びましょう。
講師 榎本 澄雄氏
株式会社 kibi 代表取締役
元警視庁警部補。麻布署知能犯刑事として自閉スペクトラム症者を被疑者とする事件を担当。署長によるパワハラを内部通報、更迭請求し警視庁を辞職。特別支援教育等の福祉現場に身を置く。著書『元刑事が見た発達障害 真剣に共存を考える』他。薬物犯罪対策など危機管理の講演も行っている。
日時 10/27(日)
受付開始 : 13:00
13時30分~15時30分(質疑応答含む)
会場 阿佐谷地域区民センター 第1~3集会室
〒166-0001 杉並区阿佐谷北 1 丁目 1 番 1 号
TEL:03-5356-9501
参加費
会員:無料
非会員:500円(会場費)
定員 90名(先着順)
定員になり次第、締め切ります
申込み 右の QR コードからお申し込みください。
(申し込んだ後の返信メールはありません。)
※QR コードからお申込みできない方は、下記メールアドレスあてに、①人数、②参加者氏名(全員分)、③連絡先(TEL)を記載の上お申し込みください。
問い合わせメールアドレス :kouen2024@nakase-higashita.daa.jp
10月27日
阿佐ヶ谷講演は
10月9日の時点で
43名お申し込みです。
🌳kibi🦉 自己表現は、自己治療
こちらに登録するだけで、
あなたに必要な最新情報、
kibi log & letterを入手できます。
解除はいつでもできます。
kibi logは、あなたに必要ですか?
必要な方は、今すぐ無料登録してください。
👇