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『刑事とミツバチ』第3話「えっと、この辺ですよね?」

2019年に2030年の警察官不足を描写した短編小説

· 2030年,2019年,警察官,不足,小説

こんにちは!

榎本澄雄です。

12月1日、日曜日。

今日は新月、12月7日は二十四節気の「大雪」です。

私が2019年11月末日

小説推理新人賞に応募した作品です。

https://fr.futabasha.co.jp/special/suiri_award/

不定期で全9話アップします。

どうぞお楽しみにお待ちください。

あらすじはこちら。

👇

未公開作品『刑事とミツバチ』あらすじ

2019年の元刑事が2030年の治安悪化を予測した短編警察小説​

https://www.kibiinc.co/blog/2024-10-2

第1話はこちらから。

👇

第1話「警察庁が内務省となって、三年が経った」

『刑事とミツバチ』2019年小説推理新人賞応募作品

https://www.kibiinc.co/blog/2024-10-13-2

第2話はこちらから。

👇

第2話「十百華はハンドルを握りながら、課長の話を思い出していた」

2019年に2030年の移民事件を予測した『刑事とミツバチ』

https://www.kibiinc.co/blog/2024-10-17

『刑事とミツバチ』第3話「えっと、この辺ですよね?」

2019年に2030年の警察官不足を描写した短編小説

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「えっと、この辺ですよね?」

十百華は課長から渡された青い紙ファイルに手を伸ばした。中には捜査対象者の資料が入っている。

 

「…間もなく目的地周辺です…」

車を路肩に寄せて停車した。

 

十百華はスマホのGPS画像と窓の外を見比べた。辺りにはキャベツ畑がある。キャベツは玉が大きく開き、緑の花のようだった。

 

「住宅街の中に畑があるんですね」

「畑の中に家があるんだろ」

東京23区内のはずだが、田園都市といった懐かしい風情だった。キャベツ畑の先にうどん屋の看板が見えた。

 

「昼飯でも食うか」

 三千三郎は腕時計ではなく、携帯を見ながら言った。まもなく午後1時だ。

 

「あのうどん屋さんですか?私の地元もうどんが名物で」

「讃岐うどんか」

「いえ、隣の徳島なんですけど。行ったことありますか、四国?」

「昔、出張でな」

三千三郎は頷いた。

 

うどん屋の向かいに駐車場があった。〈大助うどん〉と看板がある。

十百華と三千三郎は車を降りて、質素な暖簾をくぐった。繁盛店なのだろう。店内に入ると客席はいっぱいだった。

 

「すみません。食券、外にありますから」

白い割烹着姿の女性が申し訳なさそうに言った。

 

「すごく混んでますね。ここ駅もないし、陸の孤島みたいな場所なのに」

「車でわざわざ食べに来てるんだろ。知る人ぞ知る名店だからな」

「ご存知だったんですか」

「〈機捜隊 御用達〉の店だ」

 

三千三郎の冗談を聞いて、店内にも機捜の刑事がいるのではないかと笑ってしまった。客は作業着を着た外国人風の労働者、タクシードライバー、サラリーマンに加え、パンツスーツの女性もいた。

オリンピックと万博が終わり、日本の人口は二人に一人が外国人となっていた。

 

2030年、日本は移民政策に大きく舵を切った。65歳以上の高齢者が二人に一人となっていたからだ。もはやインバウンドどころではなかった。優れた産業があっても、サービス、商品を提供できる労働人材が存在しなかった。

 

一方で、老人を狙った外国人犯罪が増加し、治安は悪化していた。そんな中、政府は警察庁を内務省へと移行した。悪化する国内治安を維持し、暴動を取り締まるのが目的だ。

 

だが、最大の問題は老人を護るはずの若手警察官が圧倒的に足りないことだ。そこで新設されたのが、〈予備警察官制度〉だった。

「お待たせしました」

外国人らしき女性店員が日本語で案内してくれた。頭には白いスカーフを巻いている。

 

三千三郎は店内に入ってすぐ左の席に座った。木彫りの机に丸太の椅子だ。十百華も続いて隣に座る。

店内の壁には芸能人の色紙や商売繁盛の七福神、縁起物らしき古文書が飾られていた。客数は多いが、テレビやラジオがないので店内は落ち着いた雰囲気だった。

 

「肉あつもりの大」

三千三郎は食券を手渡した。

 

「それと、冷酒」

「冷酒?!」

 

十百華は絶句した。この男は本当のクズだ……。

課長に言われてペアを組んだことを心底、後悔した。署に戻ったら変えてもらおう。そして、1日も早く内務省へ帰ろう。

 

三千三郎はそんな十百華を意にも介さず、うどんを啜っていた。店には酒がなかったので、上着のポケットからステンレスの小さな水筒を取り出し、ぐびりと呷っている。

 

十百華はネギとほうれん草の入った月見うどんに七味を掛けながら「早く帰りたい」とだけ考えていた。

「おい、あいつ職質してこい」

三千三郎が据わった目で十百華に命じた。

 

「だから、バンかけて来いって。出向前に訓練受けたんだろ?」

びっくりした十百華に再度、三千三郎が言った。

 

職質とは、言うまでもなく職務質問のことだ。

 

三千三郎の目線には一人の男がいた。

店内入り口から厨房寄り。三千三郎から見てちょうど左奥の対角線上に座っている。

 

服は上下、デニム。黒いキャップを目深にかぶり、銀髪の襟足が見える。袖捲りした腕には青い炎のようなタトゥーと翡翠の腕輪があった。顔立ちは彫りが深く、外国人のようだが、帽子のせいで年齢はよくわからない。

 

箸を片手にどんぶりの汁を啜っている。

 

「ピンと来たら即、声掛けろ。運を逃すぞ」

三千三郎は十百華に目も合わさず、低い声で言った。

 

どう見ても、今回の捜査対象とは違う人物のようだが、「私はピンと来ないんですけど」とは言えなかった。

 

第一声、なんと声を掛けようか。立ち上がろうとしても、足が出ない。口を開けても、声が出ない。これが職質というものなのか。

 

十百華が習った職質は、路上で自転車の防犯登録を調べることだけだったのに。

 

「あの、お店の中で、何と声を掛ければ……」

十百華は顔を近づけて囁いた。

 

ガタン。十百華が目を離した隙に、男は椅子から立ち上がっていた。店の入り口まで約3メートル。十百華は、両手の箸を置いて立ち上がった。

不定期で全9話アップします。

どうぞお楽しみにお待ちください。

講演会が取材されました。

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