サイトへ戻る

キャベツ畑で不審者を追う

『刑事とミツバチ』第5話

· キャベツ畑,不審者,追う,刑事,ミツバチ

こんにちは!

榎本澄雄です。

2月28日、金曜日。

今日は新月、3月5日は啓蟄です。

私が2019年11月末日

小説推理新人賞に応募した作品です。

https://fr.futabasha.co.jp/special/suiri_award/

不定期で全9話アップします。

どうぞお楽しみにお待ちください。

あらすじはこちら。

👇

未公開作品『刑事とミツバチ』あらすじ

2019年の元刑事が2030年の治安悪化を予測した短編警察小説​

https://www.kibiinc.co/blog/2024-10-2

第1話はこちらから。

👇

第1話「警察庁が内務省となって、三年が経った」

『刑事とミツバチ』2019年小説推理新人賞応募作品

https://www.kibiinc.co/blog/2024-10-13-2

第2話はこちらから。

👇

第2話「十百華はハンドルを握りながら、課長の話を思い出していた」

2019年に2030年の移民事件を予測した『刑事とミツバチ』

https://www.kibiinc.co/blog/2024-10-17

第3話はこちらから。

👇

『刑事とミツバチ』第3話「えっと、この辺ですよね?」

2019年に2030年の警察官不足を描写した短編小説

https://www.kibiinc.co/blog/2024-12-1

第4話はこちらから。

👇

2019年に日本人と移民の対立を描いた短編小説

『刑事とミツバチ』第4話

https://www.kibiinc.co/blog/2025-1-29

キャベツ畑で不審者を追う

『刑事とミツバチ』第5話

broken image

 

走りながらキャベツ畑が見えた。

その先には農家の庭がある。家の隣に茶色い地面が見え、ビニールハウスがあった。

 

十百華は課長に電話したが、留守電だった。

 

こんな時、どうすれば良いのだろう……。

ふと、出向前に〈対策官〉からもらったアドバイスを思い出した。

 

「何かあったらすぐ110番しなさい。遠慮はいらないから」

 

本件と関係ない事件に首を突っ込んでしまった。

不審者の遺留品もある。しかも、管轄は蔵網署とは全く別の警察署だ。

捜査対象の行動確認どころではなかった。出向早々に始末書を書かされてドヤされる姿が目に浮かんだが、止むを得ず110番通報した。

 

「はい、110番です。事件ですか?事故ですか?」

 

若い感じの男性の声だ。

十百華は所属と事情を手短に話した。

 

「八坂係長、了解しました。近くのPCに応援要請します。カーロケで機捜のカーも確認できました。手配人着と追跡中の警察官を教えてください」

 

110番担当とは言え、大掛かりな捕物には流石に興奮を隠せないのだろう。若干、テンションが高めの声だった。

 

逃走した不審者の人相、着衣と三千三郎の氏名、官職などについて話した。

 

「遺留品などありませんか?」

「黒い財布の中に、日本円、外国紙幣、免許証、クレジットカード、あとはお守りのような物が入っています。あ、あと車がありました。駐車場に黒いワゴン車が放置されています」

「人定事項についてはこちらで照会を掛けます。車の場所と特徴をお願いします。基幹系の無線、お持ちでしたら電源をオンにしておいてください」

 

刑事総務に持たされた小型の無線機をオンにした。受信専用のものだ。

 

「警視庁から各局。小泉署管内、不審者逃走事案につき、5キロ圏緊急配備を発令する。逃走した不審者は異なる名義の免許証、クレジットカードを遺留。外国人風の男であることから、入管法違反、マル窃被疑者の可能性を視野に所持品検索を徹底せよ。繰り返す、似寄り人着を発見の際は、受傷事故防止に留意のうえ、所持品検索を徹底せよ……」

 

通信指令本部から無線指令が聞こえた。いよいよ、大ごとになってしまった。付近には民家や小学校がある。最悪の事態だけは避けたい。

 

十百華は警察署の係長とは言え、全くの未経験者だ。正確には公安職ではなく、一般職員扱いだ。緊迫した場面で武器を使うことも、警察官のように職務執行することも、法的には認められていない。

 

十百華は担当官の指示に従い、電話を繋いだまま二人を探し続けた。公用携帯は、位置情報がリアルタイムに表示されるらしい。カーロケーションシステムでも、近くにパトカーや機動捜査隊の車両が確認できたと言っていた。まだ着かないのだろうか。 

「待て、ごら!」

 

付近の農家から三千三郎らしき声が聞こえた。激しい物音がする。扉を叩く音。窓ガラスが割れた音が聞こえた。

 

「八坂係長、状況はどうですか?一般人の被害などありませんか?」

 

110番の担当官が尋ねた。

 

「近所の民家から争っている音がします!」

「八坂係長、聞こえますか?不用意に現場に飛び込まず、状況報告に努めてください。近くの車両はサイレンを止めて、検索中です。接触できたら一報して、あとは警察官に任せてください」

 

十百華は110番担当の制止を聞かず、気付くと民家のドアをノックしていた。

 

「こんにちは!大丈夫ですか?!」

 

室内の応答はなかった。

 

十百華の頭上で、一瞬、大きな音が聞こえた。三千三郎は、けん銃を携行していただろうか?そもそも、アル中の不良刑事に凶悪犯人を制圧することなんて可能なのか?

 

「八坂係長、逃走中の不審者は外国人風の男で間違いないですか?照会の結果、その人物は入管収容中と判明しました。偽造免許の可能性が高いです」

「偽造免許?了解しました……」

 

三千三郎の勘は当たっていた。

 

「外事二課と組対(ソタイ)二課にも応援要請しました。係長は不用意に飛び込まず、応援が来るのを待ってください」

 

組対二課とは、外国人犯罪を担当する組織犯罪対策部のことだろう。しかし、なぜ公安部の外事二課がやって来るのか。十百華は焦る気持ちを抑えて渋々、了解した。

 

午後2時を過ぎていた。応援の捜査車両とは接触できていない。

 

「もしもし、八坂係長。いま副総監命を伝えます。現時点を持って、現場を離脱してください。あとは警備部が対応します。了解ですか?」

 

十百華は一瞬、事が呑み込めなかった。

 

「もしもし、いいですか?現在の状況は、内務省情報官の八坂係長には任せられない事態です。速やかに離脱して、本部の警察官に任せてください」

 

通本では、十百華が内務省から出向してきたことまで調査済みらしい。

 

表向きは警備部と言いながら、事後の捜査はおおかた公安部が担当するのだろう。刑事部の面子は丸潰れだ。十百華は、報道現場で体験した政治部と社会部の権力闘争を思い出した。

 

確かに、自分はもともと警察官でもない。ど素人のアラフォー女子。元報道記者の情報官だ。凶悪犯人の追跡捜査は困難だろう。でも、犯人と格闘中の三千三郎はどうなるのか。もし、民家の一般人が事件に巻き込まれていたら?

 

十百華は、初めての捜査で大変な事件に飛び込んだことを心底、後悔した。その一方で、かつて事件記者だった十百華は、身体の中でアドレナリンが駆け巡っている感覚を懐かしく思った。

 

副総監命が何だ。自分はもともと内務省の情報官だ。警視庁の人間ではない。ゆえに、副総監も上司ではない。この目で、耳で、事件の真相を知る必要がある。人を助ける使命がある。そう思うと、突撃する腹が決まった。十百華は電話を切って、ポケットに突っ込んだ。

玄関のドアノブを回して何度も引くが、鍵が掛かっていた。犯人が鍵を掛けたのか。それとも中の物音は十百華の聞き間違いだったのか。

 

玄関から右へ廻ると、1階に高窓があった。風呂場か台所の窓だろうか。辺りを見渡して踏み台になる物を探したが、見つからなかった。窓の高さは、十百華が手を上げてようやく届くくらいだ。自分の腕力では窓を割って中に侵入できる気はしなかった。

 

家の裏手に回ってみると、1階の窓はシャッターが降りていて、外部からの侵入者を拒絶していた。

 

庭の生垣を見ていると、柿の実が視界に入った。大きな柿の木が立っている。幹や枝は曲がりくねり、葉は鬱陶しいくらいに生い茂っている。電線に掛かりそうな高さに柿の実がなっていた。枝には伸縮式の梯子が立て掛けられている。

 

十百華は2階の様子を覗こうと梯子に登った。梯子の先端は天まで届くかと思われる高さだった。柿の葉の間をくぐりながら登ってゆくと、青い空と柿の実が間近に見えて来た。うっかりバランスを崩して、手近な枝を掴むと、葉の揺れる音が聞こえた。一番しっかりとした枝に掴まると、ちょうど家の2階が見えた。ベランダには大きな窓がある。

 

逃走した男らしき背中が見えた。1階は戸締りしても、2階のカーテンまでは気が回らなかったらしい。男は大きな声で何かをわめき散らしている。窓が閉まっているので、言葉はよく聞こえない。

 

男の向こう側に三千三郎の顔が見えた。十百華は木の上から小さく手を振ってみたが、気付く様子はない。

 

一番知りたいのは、家人がいるかどうかだ。思い切って三千三郎の携帯に電話を掛けてみた。

 

「もしもし」

 

電話に出たのは三千三郎ではなかった。

 

「さっき刑事さんから電話を渡されて……。いま、1階のお風呂場に隠れています」

 

艶っぽい女性の声だった。

 

「もしもし、あの刑事の、椿の同僚の八坂と言います。お怪我は?」

「私は大丈夫です。犯人は私のことに気付いていません。それより、私の父が……」

 

2階の窓に犯人が横を向いた姿が見えた。傍らに老人がいた。頭髪の少ない小柄な農夫のようだ。心なしか震えているように見える。

 

2階にいるのは、犯人と三千三郎、そして老夫の三人だ。眺めていても埒が明かない。十百華は柿の木から滑り降りた。

不定期で全9話アップします。

どうぞお楽しみにお待ちください。

こちらはPRです。

必要は方はご覧ください。

👇

社員が防ぐ不正と犯罪

元刑事が明かす人情の機微に触れる事件簿

broken image

ハラスメントから薬物犯罪まで

手口と対策を解説した希少なコンテンツです。

見るだけで、

公正な職場が実現できます。

必要な方は、

ご覧ください。

👇

社員が防ぐ不正と犯罪

元刑事が明かす人情の機微に触れる事件簿​

🌳kibi🦉

自己表現は、自己治療

こちらに登録するだけで、

あなたに必要な最新情報、

kibi log & letterを入手できます。

解除はいつでもできます。

kibi logは、あなたに必要ですか?

必要な方は、無料登録してください。

👇